(有)吉田建築研究所 吉田裕一 2009年10月10日(土)、黒川郡大和町吉岡にある仙台ピアノ工房にある木造ドームで世界3大メーカーのピアノの聴き比べのコンサートがあるというので、根っからのクラシック好き虫が騒ぎ出し、聴きに行ってきました。
この木造ドーム、実は前から気になっていたのですが、今回3大ピアノメーカーの聴き比べ、特に宮城初お目見えのファツオリの試弾があるというので・・・・これは行くっきゃない! 10月の3、4、5日はおなじみ「せんくら」(仙台クラッシクフェスティバル)を青年文化センター、9月30日は西本智美・ロイヤルフィルのマーラー5番を名取市文化会館と、このころは結構コンサートづけの毎日で、芸術の秋を堪能していました。 ちなみに、「せんくら」では、前評判どおりピアノの河村尚子がすばらしかった。 時間の都合でリサイタルは聴けなかったが、ヴァイオリンの米本響子とのデュオは、青年文化センターの中でも音響が悪いパフォーマンス広場での演奏にもかかわらず、ブラボーまで飛び出たのにはびっくり、たった45分のコンサートでも熱演そして感動でした。 それから、チェロの長谷川陽子(こちらはシアターホールでの演奏)、無伴奏のせいもあり、やさしい音色に癒されました。 ただ、横山幸雄とタン・シャオタンはいまいち・・・だったかなあ。 さて、話は戻って、木造ドームですが、建築を学んだ人はすぐわかると思うけれど、この建物は米国の建築家(構造家、発明家、デザイナー、思想家、そして詩人として有名)バックミンスター・フラーの考案によるいわゆるフラードーム(そのシステムはジオテックドームとか、フラーレンとか、バッキーボールとか言われている)です。 オーナーがどのようにしてこのシステムを知ったのか知る由もないが、この辺(あたり)では別荘のキットとして、新川や蔵王で、たまに見かけます。 もっとも、仙台ピアノ工房のHP・お仕事日記には、木造ドーム計画が、図面の段階から、基礎そして上棟、完成へと画像つきで紹介されている(なお、HPの中ではERECTAフラードームとして紹介されている、仙台の窓口は(株)山一地所、ただし、このエレクター株式会社は平成19年9月にドームハウス事業から撤退している) 木造ドームはファサードを写真で見る限り、大和町みたいな田舎(失礼)に建っているのだから、きっと森か林の中に屹然とあるのだろうと勝手に想像していたのだが、結果は大違い、吉岡は結構都会で、それも住宅地の中に窮屈そうに建っているのは少しがっかり。 さらに隣接する仙台ピアノ工房の社屋が何の変哲のない住宅っぽいのにも2度がっかり、卑しくも設計を業とする私にとっては、大好きな音楽を聴く器はやっぱり重要、見栄を張った豪華絢爛は嫌だが、芸術を堪能するにはそれなりのセンスあるデザインが必要不可欠と再認識! 気を取り直して、中に入ってみると、音響を考えたためか白い吸音材で覆われたドーム天井が・・・・・これも木のあらわしには出来なかったのかなあと、少しがっかり。 さて、肝心の音ですが、教育者でもある田原さえさんという女性のピアニストが各ピアノを紹介しながら、弾き比べをしてくれました。
3大ピアノメーカーは、ドイツのべヒシュタイン(BECHSTEIN)、そして、ニューヨークのスタインウェイ(STEINWAY)、新星イタリアのファツオリ(FAZIOLI)です。
・・・・・・この3台を一度に、それもすぐ近くで聴けるなんて夢のようです。 注目はやっぱりファツオリ、宮城では初めて、全国でもコンサートホールにはまだ4台しか入っていないというから、貴重な体験です。ちなみにお隣岩手県の北上市文化交流センター・さくらホールにはピアニスト、チッコリーニがコンサートで持ち込んだファツオリを会館が買い取ったといういわくつきのピアノがあるらしいです。・・・・・うらやましい限りです このピアノなんと、チッコリーニのサイン入りです。
・・・・田原さんも頼み込んで弾かせてもらったそうです。 今まで3大ピアノと言えば、もうひとつはベーゼンドルファーが当たり前、というかこれは譲れないので、ファツオリを加えて4大メーカーといったほうが良いかも。 木造ドームにはフルコンのスタインウェイとベーゼンドルファーが常設してあった、ウムこれだけでご立派! いっぱい入っても30人がせいぜいのこのドームでの音響は、やっぱり臨場感!これに尽きると思う、各ピアノがそれぞれの音色でショパンやシューマンを奏でる空気感はなんとも格別。 律儀なドイツ人気質を感じさせるべヒシュタイン、独特の音色と弦をハンマーでたたく音が感じられるスタインウェイ、そして、カンタービレと形容してもおかしくない歌いまわしが得意なファツオリ。 このファツオリを前述のチッコリーニやアンジェラ・ヒューイットが好んで弾く理由が少しわかったような気がしました。 とは言え、スタインウェイの王座はなかなか揺るぎそうもないというのも事実。身も心もとろけそうになる中音から高音のかけての音色は、ドイツものフランスもの、ジャズ、ポップスと楽曲を選ばずオールマイティ。
キューバ生まれのホルへ・ボレットが好んで弾いたというべヒシュタインもなかなか捨てがたく、本場ドイツでは日本のヤマハのような存在で、あちこちにあるらしい。 ところでボレットはアメリカのボールドウィンも結構弾いていたらしい。またスタインウェイも同様に弾いている映像が残されているとのこと。そして不思議なことに、どのピアノを弾いてもボレットの音がするとのこと。近年では珍しくなった独自の音色を奏でるピアニストの一人であった彼にとって、実は楽器は関係なかったのかもしれない。これぞまさにビルトオーゾ!とりあえず形から入ろうなんて甘い、甘い。 そう言えば住宅だって、最近どこかの工務店が「カッコいい家に住みたい」なんて薄っぺらのキャッチコピーを使っていたけれど、以前どこかに展示してあったその工務店のモデルハウスは悲惨そのもの、およそ、素人でも考えないようなプラン(間取り)はカッコいいとか、悪いとか以前のもの。 ユメユメ見た目だけで判断してはいけません! 建築はたとえ住宅といえども、風土、時間、人生観など、カッコだけで決められるものではないからです。 見た目のカッコよさとは、内面の知性が現れるもの、これ無しでデザインは語れませんし、名乗れません。 ピアノも同じ、たとえどんなにいい楽器であっても、誰が弾いても同じ音になるとは限らない。 ・・・・・一音一音に演奏者の歴史や夢が詰まっているのだから。 ファツオリしか弾かないチッコリーニ、どんなピアノも自家薬籠にしてしまうボレット、いずれ劣らずこだわりの役者たち。どちらが正しい・・・・なんてない。 あのヤマハだって(私はちっともいい音がしないと思っているけれど)、CFVを晩年のリヒテルや、あのグレン・グールドですら気に入って弾いていて、レコーディングまでしている。 ハイドシェックは仙台公演の時、立ち寄った仙台ヤマハの地下に展示してあったGPが気に入り、なんとそれを購入したらしい。 色づけがなく、音色に左右されず、本来の自分のタッチが出る楽器は、それはそれで芸術家の求めるもののひとつかもしれない。 しかし、くだんのファツオリ、ヴァイオリンの名器ストラディヴァリウスと同じ材料を使っているらしい、とか、全長3メートルを超えるフルコンはかつて無かった、とか、素材にこだわり年間の生産台数は100台程度・・・なんて聞いただけで思わず身震いしてしまう。
存在におけるヒストリーは、内面を映し出す鏡として重要なファクターであることの証明、みたいなものだからなのかもしれない。 ・・・・なんて最後は少し哲学的になっちゃった。
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