(有)吉田建築研究所 吉田裕一 願いましては〜 ○○○円なり、△○×円な〜り…△×○円で〜は? 昼下がり、夕方の教室に塾の先生の抑揚のある声が響き渡る。
昭和40年代、こんな風にソロバン塾はどこも活気があり、学習塾が台頭する前の時代、ソロバンを習わせる親は多かった。
僕はソロバンは嫌いだった。 それまで習っていた、絵画教室を辞めさせられ、無理矢理通わされたからかもしれなし、何より集団での勉強が嫌いだったからでもある。 そのため何度も塾をサボり、小学高学年になってもあまり進級しなかった。 同時に習っていた書道は結構好きで、こっちは中学に上がる前に日本書学院で二段まで上り詰めた。
そんなソロバン塾でも一つだけ忘れられない思い出がある。
それは小学6年の時の話。
相変わらずやる気のない僕だったけど、その日はどういう風向か、久しぶりに塾に行った。 そして自分の級の組が終了し、帰ろうとした矢先、席から出る通路で不意に女の子から声を掛けられた。
声を掛けたのは同じ学校に通う同じクラスの子だった。
彼女は成績優秀、運動神経抜群でクラスでも一目置かれていていた。
それでも、何故か僕とは気が合って、もう1人の女の子とも仲良しだったこともあり、5年生の時は授業の合間に3人で良く遊んでいた。
ただ6年生になり、漫然と思春期を迎えた僕は彼女を少し意識し、距離を置くようになっていた。
彼女は当時ニ級、僕は…と言えばしがない四級だった。
級が2つ違うと普段会うことはない。 そもそも、彼女がソロバンを習っている、それも同じソロバン塾に行っていること自体知らなかった。
今となっては、彼女が何を話しかけてきたのよく覚えていない。 ただ、僕は自分が下の級と言うこともあり、何となく罰が悪く、早めにその場を立ち去りたかった。
僕は帰ろうと、慌てて下に置いていたカバンを持ち上げた。 その時、カバンに斜めに差し入れてあるソロバン(もちろんカバーに入っている)が、何かに引っかかった。 僕はアレっと思ったが、その場を一刻も早く立ち去りたい一心で更に上げようとした。
引っかかったのは彼女のスカートだった。 フレアタイプの膝下ぐらいだったスカートは僕のソロバンで内側からグイッと突き上げられる形になった。 持ってるカバンが小さかったこともあり、カバーに入ったソロバンは斜め上75度から80度ぐらいの角度でカバンから頭を出している状態(いわゆる10代から20代の間)だった。 僕はそれを見て、益々慌てた。
思わず、キャーエッチ! とか大声で騒がれるのではないかと危惧したりもした。
僕は無理矢理ソロバンをスカートから引き抜こうとした。 ソロバンは逆にかなり奥の方まで侵入してしまい、そのためスカートの突起は益々大きくなった。 カバンを左右に振りながら、それでもなんとか引き抜くことが出来た。
…驚いたこと彼女は何も言わなかった。 ひょっとしたら話に夢中で気が付かなかったのかもしれない。 いや、そんなはずはない、だってスカートは傍目にも分かるぐらい広がったのだから…
…その後のことは良く覚えていない。
あれから何十年も過ぎたが、今でもソロバン、いや得体の知れない何かが、彼女のスカートを内側から突き上げる情景が頭から離れない。
その時11歳… 小学6年生の僕は彼女が好きだった。
今思うと、彼女も僕を好きだったのに違いない。
大学生になった時、秋葉原でカシオの関数電卓を買った。 三乗根が一発で出る優れものだった。 既にソロバンは無用のものになっていた。
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