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COLUM BY HIROKAZU YOSHIDA.
建築家吉田裕一がお送りする不定期コラムです。


2011.08.03(wed)
考・東日本大震災その2

(有)吉田建築研究所 吉田裕一

3月11日の大地震から、4ヶ月あまり経ちました。
一部足りないところもありますが仮設住宅も一段落し、復興は日に日に進んでいるようです。
私の住んでいる仙台は中心部にいる限り、使用不能になった施設や修復中のビルを除き、ほとんど平時と変わらないまで回復しています。
余震もあったり、なかったり、とさほど気にならなくなってしまっていますが、地響きを伴う予兆がある場合はさすがに「またか!」とぞっとします。

さて、地元石巻で(やっと大工の都合がついて)知人の住宅の震災(津波被害)復旧工事が始まりました。北上川沿いのこの住宅件店舗は当初、津波の規模や石巻市街地の被災状況からして、家屋は間違いなく流失したと思っていました。また、電話もつながらず、本人の安否も分からず仕舞いで、心配の種は付きませんでした。(その後、携帯で連絡がつき、無事であることが確認され、ほっと胸をなでおろしました。)

津波の被害にあった建物は、避難する時にサッシのすべてに鍵をかけたこともあり、瓦礫が建物内部に入らず、床上90センチ程度の浸水だけで済み、(周りの建物と比べて)被害程度が極めて低いのはちょっと驚きでした。ちなみに、北側に建っていた娘さん御夫婦の新しい家はなんと基礎ごときれいに浮き上がりそのまま180度回転し、30メートルほど離れた場所に(少し傾いた形で)建っています。(曳き家をしようか悩んだ末、さすがに住むのはあきらめたようです)。

余談ですが、内海橋の付け根に建っていた(昔お世話になった)水沢組の建物は、斜め前に建っていた中華料理店が流され激突してきたためか、跡形も無く全壊していました。

比較的軽傷で済んだとは言え、周りの瓦礫の撤去や泥かきは大変で、いまでも日々奮闘している状態は変わりないです。
以前トピックスでも紹介した、京都の「ナチュレ」が開発した、珪藻土エアクリーンウォールも真っ先に採用していただき、床下や、壁の立ち上がりに噴霧しました。
考・震災1で津波被害の修復の仕方を列記しましたが、泥かきをした後、そのまま塞いでしまうのではなく(あるいはきちんと泥がかき出せなかった場合など)、この珪藻土エアクリーンウォールを使うと良いようです。臭い、湿気、黴、白蟻などに効果があります。

床下のエアクリーンウォール吹付けの様子 押入の下部に吹付け

ところで、震災後不思議なことが多々あります。

何故か住宅メーカーは特需になりました。
比較的裕福な家、あるいはちょうど建替を考えていた家には、支援金、義援金、解体費の助成など、これ幸い!になった感があります。

復興以外の公共工事が着々と復活し始めています。
仙台市地下鉄工事や一次ストップしていた三陸道の4車線化工事も大型重機を使い、再開しています。

石巻のパチンコ屋は日中から満員です・・・・・
一体誰が通っているのだろう・・・・仕事がなくなって暇な被災者なのだろうけど、その一方、街中には応援に来た県外ナンバーの車や、ボランティアがたくさん働いているのに・・・・・いいのかそれで!

先週亘理に行ってみたら、片付けはかなり進んでいて河岸付近は瓦礫の山と化していました。
土地が広いこともあり、石巻などより復旧は早いようです。
建物や、田んぼがなくなったことで見晴らしがよくなり、きっと昔はこんな風景だったのだなあ、とそれはそれで感慨深いものがありました。


亘理の瓦礫の集積場

さて、復旧工事をしている石巻で思うことは、職人、取分け大工の足りないことです。
地元の大工は被災していることも有り、近所の修繕の仕事で手一杯、加えて大手住宅メーカーが震災特需による受注拡大で、職人の囲い込みに躍起となっていることも人手不足に輪をかけています。(・・・・・どうもこの状態、3年は続くと言われています。)

震災復興プランでは、地場産の木材を使い、地元の大工、職人を使って利益は被災地に落ちるような計画を模索するような試案が多いですが、どうやらそれは完全に絵に描いた餅にすぎないと言って過言ではないです。
今、本当に必要なものは、行政からのきちんとした復興プランの提示はもちろんのことですが、建物の修繕をしてくれる支援(人的、金銭的)ではないでしょうか。

仮設住宅の完成に伴う避難所の閉鎖、そして食糧など支援物資配給の停止が相次ぐ中、津波で被災した住民の多くは、建築制限地区にあろうとなかろうと、建物が使用可能ならば修繕をして、そこに住むこと望んでいるようです。

汚泥の処理まではボランティアでも可能だが、家の修繕となると、どうしても専門の職人が必要になります。

先日国土交通省の出先機関の勉強会で、集団移転をした場合、高盛などをするなど1宅地を開発する費用は約5.000万円、さらに、それに住宅を建てるとなると、プラス¥1.600万円が必要になると言う試算があり、それに対しての国の補助金の割合は1/4で残りは地方の負担になるという話しを聞きました。
なんだ、それなら移転をせずに、1住宅に修繕費として2000万円ぐらい助成したほうが、安いし、町並み形成や活気も早く取り戻せるのじゃないか、という意見をしたら、個人の資産形成に補助金は適応されないという決まりがある、とのお堅い回答でした。

そんな悩みの解決策を探して、ネットを検索したら「1000人の大工さんを被災地に送ろう」と言うブログ[http://twitter.com/#!/RYUizu]を見つけました。この静岡からのメッセージ、中身は良く分からないのだけど、タイトルは概ね大正解です。ただ、その後上手く機能しているかどうかは良く分かりませんでした。
何故か石巻市民憲章[http://lockerz.com/s/97356580]や、気仙沼、南三陸町。東松島市の市民憲章に感激したと言う投稿が有り、それらを改めて読んで見ると、まるで、今後の復興を見据えたかのような文面が多く、憲章の存在すら知らなかったことに少し恥ずかしい思いをしました。
改めて考えると、高度成長期の流れに乗り損ねた石巻などは、その不便さみたいなものが逆に作用して、外から眺めると魅力的に見えるのでしょう。
紺屋の白袴????・・・・いや隣の芝生は青い・・・・ってことでしょうか?

私の近くのアパートにもどうみても関西から来ている職人さんたちが住んでいて、早朝、作業着でどっかに出かけていきます。全国的には相変わらず不況のようで、このように出稼ぎを望んでいる職人さんは多いのではないかと思われます。

民間で出来ることは限度が有り、また、不当に高い金額を請求したり、と危険が付きまといます。
仮設住宅の建設にあれほどの人材とお金がつぎ込まれたのだから、その後の復旧工事に関しても、行政がきちんと道筋を立て、少なくとも地元がある程度自立出切るまでは支援をしてもらいたいと思います。
なにも、手間賃を公費でまかなうと言っているわけでなく、他県からの人的支援の環境を提供してくれるだけでよいのです。
各自治体が、今必要な職人の数を算出して、地元で不足している人数分の受け入れを他県もしくは他国に依頼し、彼らの住居を確保すればよいだけです。その際、建設業組合などと話し合い、基本地元の会社(企業)の下で働いてもらうのが一番良いですが、大工(職人)手配センターみたいなものを随所に立ち上げて、一括管理する方法も良いと思います。

復旧工事支援の遅れは、被災者の地元離れを助長し、その後どんなに魅力的な復興プランを描いても遅きに失することになるのではないでしょうか。


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